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中町にある「こみせ通り」と清酒「玉垂」中村亀吉酒造・巨大な酒杉 |
黒石は津軽藩本家から5000石で分知された陣屋町(当時はまだ寄合旗本)として出発し、その後宗家の津軽藩が蝦夷地警備等の名目で表高を10万石に高直しされたのを機に黒石も加増され1万石の黒石藩が成立して大名に列します。
とは、いっても津軽藩領の小さな陣屋町に過ぎない黒石は人口も少なく経済基盤もありませんでした。そこで、ねぶた祭りや黒石よされという盆踊りなどイベントを企画し周辺地域から人を集めます。人が集まれば商人も集まる。こうした経済政策によりよって在郷町へと発展しました。
藩を上げてイベントを推進したので、現在も黒石のねぶたは青森や弘前を凌ぐ規模を誇ります。
こみせ通りには2軒の造り酒屋を始め大きな商家の町並みが続いています。
「こみせ」とは雪国独自のアーケードで新潟の「雁木・がんぎ」と同じ。建物の軒先に張り出したこれらの通路は公道に屋根を設けたのでは無く、自分の敷地を一歩引いた形で建物を建て、そのうえで軒先に通路を設置したものなのです。
極めて良い状態で奇跡的に残った町並みを大切にし、黒石は町をあげて町並み維持に取り組んでいます。
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同じく中町にある「菊乃井」鳴海酒造店のこみせ |
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元町の「初駒」佐藤酒造・壷型の酒杉が特徴 |
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