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  塩名田
しおなだ 
 千曲川の川越宿として栄えた中山道二十三次之宿場町
 長野県北佐久郡浅科村塩名田

 構成:旅籠建築・商家・旧本陣  駐車場:なし
 
 

浅科村の東端に千曲川と挟んで御馬寄(みまよせ)と塩名田の集落があります。
塩名田は「塩灘太」とも書き、中山道の宿場町で千曲川の川越しの宿として栄えました。

現在千曲川には対岸の御馬寄との間に中津橋が架かっていますが、当事の中山道は宿場中央の桝形から川辺に下り、舟渡しで川を渡りました。
穏やかな千曲川の風景からは想像できませんが、中山道の難所と呼ばれた川越えでした。橋は当事から架けられていましたが、増水の度に橋の流出が幾度も繰り返され、維持管理の義務を負った村には大きな負担となりました。
塩名田宿の町並みはそれほど大きくはありませんが、袖卯建を上げた商家などが連なり往時の面影を残しています。また公開はされていませんが「塩名田宿本陣・問屋跡(丸山家)」が現存しています。

対岸の
御馬寄は塩名田宿と共に千曲川越えの役を担いました。平安時代より朝廷に献上する貢馬を寄せ集めた場所に由来するといいます。
中山道塩名田宿の加宿として市が立ち、千曲川左岸地域(立科・望月・浅科)の穀物集散地として発展、同地域の穀物相場はこの市で決められたといいます。

 
千曲川対岸の御馬寄(みまよせ)集落