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稲島は「いなじま」ではなく「とうじま」と呼びます。
北国街道の宿駅で弥彦ー新潟間の中間に位置して、当事はかなり賑わったといわれていますが、宿駅としての記録はあまり残っていません。北国街道はたびたびルートが変わり、正式な宿駅の他に街道沿いの集落が副業で旅籠や商売を行っていた、宿場町的な街村などもかなりありました。この稲島もおそらくその一つではないかと思いましたが、集落の中央に桝形の遺構が残されていること。街道関連の資料によっては「稲島宿」の名があることから、この小さな農村集落は北国街道・越後路の宿場町だったものと思われます。
町並みは桝形付近に宿場町らしい雰囲気が見られます。集落の全体的に感じる事は農村にしては本棟造りの大型民家が多い事。建物が街道に面して建てられている事などからも、半農半商の宿場町だっだのではないでしょうか。
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