勝山は古くは高田といい、出雲街道の宿場町であると共に、旭川舟運・最上流の河港基地(終点)として陸水の物流拠点でもありました。
勝山という地名は中世の地頭三浦氏によって高田城が築かれた”勝山”という山の名前から来ています。その後戦乱の時代に三浦氏は滅亡しますが、時を経て江戸時代に入り、三浦氏の同系である三浦明次が美作高田を拝領。一国一城令によって廃城になっていた高田城を許可を得て建て直し、地名を高田から勝山に改め、以後明治まで107年間、勝山藩2万3000石の城下町として栄えました。
現在高田城も武家屋敷も残されていませんが、旧出雲街道宿場町の街並みや、高瀬舟で賑わった旭川沿いの風景などが多く残されています。
JR姫新線・中国勝山駅から旭川に通じる商店街は、全国でも珍しい木造のアーケード。こちらは決して古い街並みをねらったものではありませんが、木材の町をアピールすると共にデザイン面もふくめ非常に面白い試みだと思います。
木のアーケードを抜けると、いよいよ旧出雲街道高田宿の街並みが続きます。一時期に虫食い状態になったあとが見られますが、街並み保存地区に指定されてから建物の修復や修景が進んでいました。
そして街並みの最後を締めくくるのが、岡山を代表する地酒の一つ「御前酒」の辻本店の酒蔵です。なまこ壁と鏝画が施された文化財級の土蔵は、往時の繁栄ぶりとこの店の家格を静かに物語っています。酒蔵の向かいには蔵直営のレストランがあり、町歩きの締めくくりには最高のシチュエーションが揃っています。
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