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四国の上部、大きく窪んだ地域。瀬戸内海及び燧灘(ひうちなだ)に面した伊予西条は四国有数の城下町であると共に「水の町」として知られています。石鎚連峰を源流とする加茂川の清流が地下に浸透し、町のいたるところで湧き水が湧きだしているのです。
今も全国利き水大会で一位をとるほどの清水に恵まれ、周囲に穀倉地帯をもつ伊予西条は、同じ地名を持つ広島県の西条と同様に酒どころかと思いきや、市内に酒蔵は一つも見られませんでした。しかし、町の郊外に広がる農村地帯の一画に建つ嘉茂神社は日本で数少ない酒造免許を持つ神社で、境内に神錦醸造場を持っています。
伊予西条は戦国武将河野家の流れを汲む一柳家による支配の後、紀伊徳川頼宣の二男である松平頼純が3万石で入封して以後10代続き、江戸期を通してこの地を支配していました。伊予西条藩は徳川連枝藩でしたが、城は築かれず陣屋町でした。現在西条陣屋は県立西条高校となっており、石垣や大手門など一部の遺構が残されています。その東側にある本町の一部に、わずかながら古い町家が数軒見られる程度で、城下町伊予西条を彷彿させる風景は残念ながら残されていませんでした。
(2007.8)
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西条市の郊外加茂川沿いに建つ嘉茂神社にある神錦酒造場 |
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