大田市の中心部から北へ約5km。出雲と石見の接点に位置する波根地区。この波根という地名は、古代石見国の「端部」の意味から「端根」と書かれていたものが神亀3年に現在の波根という字に改められたものだそうです。古代山陰道では出雲国田儀駅から石見国に入った最初の駅である波禰駅が延喜式にも記されています。
大田市の最東端の港町である波根港と柳瀬港は波根海岸を挟んで東西に並び、それぞれ中世から漁港や商港として発展した港町でもあります。JR山陰本線の波根駅はちょうどこの2つの港町の中間に置かれていますが、波根はその東側、波根川河口部から波根川左岸の起伏のある丘陵上にかけて走る旧山陰道沿いに沿って町並みが形成されています。波根湊が商港として本格的に発展するの江戸期になってからで、幕府直轄地として大森代官所の御番所が置かれていたといいます。
石見地域の沿岸部の港町集落の特徴は、迷路の様に路地が入り組む密集型の集落形態ではなく、この波根のように港から少し離れても、街道に沿って街村を作る特異な様式を持っています。丘陵上にアップダウンする家並みはどう見ても宿場町や市場町そのものでした。
|