複線と蒸気機関車
2009/07/07
伯備線清音駅付近、清音は倉敷市のとなりである。伯備線は一部複線区間がある。電化していなくて複線区間は電柱などなくすっきりしている。昔の東海道線が電化する前の京都山科のカーブの写真などみると素晴らしいとおもう。私が撮影していたころ複線で非電化は室蘭本線、千歳線、九州の筑豊線であった。九州は炭鉱の輸送量が多く他にも複線の区間があった。
特急気動車
2009/06/17
気動車の特急の写真。これはキハ82系の特急気動車でしょうか。私は電車や気動車の形式はあまりわかりません。しかも白黒ですので色が分らないので判別が難しいところです。
伯備線が電化前で信号も腕木式の手動でポイントを切り替えていた時代のものです。
これは特急「おき」 特急は鳥名や星や音、光に関するものだったのですが、このころから地名を付けたのが出てきました。地名は急行だったのですが新幹線が延びて行き、急行より特急に乗せたい思惑からか急行列車が減りましたね、鳥や星の名前にも限りがあるので地域名がついたのでしょうか。
蒸気機関車と茅葺き民家
2009/05/26
過去に撮影したネガから蒸気機関車と茅葺き民家の写真をお届けします。伯備線 新見から神代方面へ登る三重連、後方を重連が押している三重連です。当初布原信号所近くに二軒茅葺き民家がありました。茅葺きを意識して撮影する人は少なかった。現在、鉄道と茅葺き民家が撮れる場所。因美線、岡山県加茂町、因美線智頭町、芸備線向原町、久大線玖珠町、石巻線涌谷町、西城町などですが、最近行っていないので情報確信がもてません。
南延岡駅
2009/01/30
南延岡駅の風景です。ホームにはディゼル機関車DF50の牽引する特急富士が停車しています。
これは蒸気機関車を主体に撮影したものです。特急が先に出ましたので特急を主体に撮影した写真もありますがどこに行ったかわかりません。ブルトレの富士は廃止になりました。
DF50はディゼル機関ですが一度発電してモーターで回す機関効率の悪いエンジンでした。速度制御が難しいのでこんな機関になったようです。昭和30年代のディゼルエンジン量産期のはしりの機関車でした。
石北本線常紋
2009/1/07
北海道石北本線常紋、山の上にある列車を交換するために設けられた停車場である。スイッチバックの機能も持っている。民家は周囲にはない、昼飯は買ってこないと店屋などない。今日もパンである。蕎麦とパンばかりでもう何日も飯を食べていない。夜行列車で移動し睡眠も兼ねている。まだ個室ビデオの方がよく寝られると思う。金はなかったが体力だけはあった。
この日は天気が良かったので動けば暑いくらいであった。特急「おおぞら」と蒸気機関車の交換風景を撮影した。車掌がタブレットを持っている。まだ腕木式の信号機である。今となってはこんな光景を撮影していて良かったと思う。
特急の気動車キハ82は現役を引退して久しい。6年程前に智頭急行鉄道で鉄道ファンが列車の撮影をしていたので何を撮影しているか聞いたら国鉄時代の最後の特急気動車が廃止されるので撮影していると言っていた。
常紋から遠軽側に行くには常紋トンネルの中を通らなければならない。このトンネルは囚人を使い強制労働で造らせものでろくな食事も与えられず多数の犠牲者がでた。トンネルの中から今も悲鳴や嗚咽が聞こえると言われた。上り下りの列車を撮影するためにはダイヤを見ながら何回もこのトンネルを往復しなければならない。
列車の去った停車場は自分と駅員しかいないのかと思ったら山の上から二人先客が降りてきた。雪山を登り俯瞰撮影していたのだ。